大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和28年(行)8号 判決 1953年9月16日

原告 日本電気産業労働組合秋田県支部

被告 秋田県地方労働委員会

主文

原告の訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は申立人原告被申立人被告間の昭和二十八年秋地労委不第二号東北電力株式会社秋田支店不当労働行為救済申立事件につき被告が昭和二十八年三月三十一日付にてなした申立棄却の命令はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め。その請求原因として次のとおり陳述した。

一、原告は日本電気産業労働組合(以下本部という。)の東北地方本部に属し東北電力株式会社秋田支店の従業員を以て組織する同組合の支部である、原告は昭和二十七年九月十日右会社に対し賃金値上、労働協約改訂等の諸問題につきスト権を獲得し、原告は同月十六日から事務ストに入り同月二十四日から同年十二月十八日まで数次にわたつて電源ストを行つた。

二、原告の組合員訴外武藤助太郎は右会社の郷内発電所に勤務し、原告の本荘分会に所属し、かつ原告の執行委員であつたが。昭和二十七年九月二十二日その所属長である郷内発電所長御法川富広に対し家事上の都合により同月二十四日を有給休暇として請求した結果その許可を得たので同日は出勤せず自宅にいた。ところが当日の朝突然同人は原告執行委員長の口頭指令によつて同日午前八時頃右会社鳥海川第二発電所に至り、非番の従業員約十名を集め右発電所配電盤前でスト指導を伝達し、同日午後五時のバスで帰宅した。しかし同日右発電所は電源ストを行わなかつた。

三、しかるに東北電力株式会社秋田支店は右訴外武藤助太郎のスト指導の伝達行為を目してスト行為をなしたものと看做し、後日に至つて一方的に前示九月二十四日の有給休暇を取消し、当日分の賃銀額六百四十一円を十月分の給料から控除した。しかし訴外会社の右措置は不当であるから原告は被告に対し不当労働行為の救済申立をなしたところ、被告は昭和二十八年秋地労委不第二号東北電力株式会社秋田支店不当労働行為救済申立事件として審理の末右武藤助太郎の行為をスト実現のために欠くことのできないものであつたと認定し、右行為は前記会社の企業運営を阻害する争議行為であるから有給休暇の性質に照し前示休暇の取消は正当であるとして昭和二十八年三月三十一日付命令により原告の申立を棄却した。しかし原告の属する組合において上級機関より下部に対する指令には闘争指令と一般指令とがあり、前者は争議に関する指令後者は一般組合活動に関する指令であるところ、右武藤助太郎に対する執行委員長の指令は一般指令であり、しかし文書による指令ではなく電話を以てする口頭の指令であり、電話当時武藤不在のため本荘分会長に電話し、分会長から武藤に伝えられたもので、その内容は単に同年九月十二日の県支部執行委員会の決定を組合員に伝達せよというにすぎなかつた。そして右執行委員会の決定は職場抛棄によるスト開始の場合、いかに破壊行為を防止し暴力を排除し保安を保持するかに重点がおかれていたのである。従つて武藤が組合員に伝達したのは破壊と暴力を排除するよう注意警告したにすぎない。発動機を破壊しその他保安施設を無効とする等の行動の如きは電気人として到底考え及ばないところである。しかるに被告は武藤の伝達内容を単に臆測に基いて会社の企業運営を阻害する指導となしたものであるのみならず、労働基準法が年次有給休暇を与えた趣旨は同法第一条が「労働条件は労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充すべきものでなければならない」と規定している趣旨よりして、それは「人たるに値する生活を営む」ためであつて労働力の維持培養を目的とするものではない。明日の労働のための休養と解するのは資本家の立場よりの解釈である。法の目的からは人たるに値する生活を営むための、作業から全く解放された自由な時間であることにその意義がある。もし労働力の維持培養が目的とすれば休暇を労働力を減退するような方法で使用するのは賃金請求権を喪失せしめる原因になるであろう。しかし年次有給休暇を何に使おうとそれは全く自由であり組合活動に使つても何等差支えはない(同説労働法律旬報昭和二十八年七月上旬号佐伯静治氏論文)。されば右命令は失当であるから原告は本訴によつて右命令の取消を求めるものである。

尚被告の本案前の抗弁に対して(イ)救済命令申立に対しその内容を審査したうえ棄却する命令は行政庁としての審判であり、当然行政処分である。(ロ)労働組合法第二十七条第六項ないし第十項は使用者側の不服申立方法を規定しているが、労働組合側の不服申立については使用者と同一方法によるべきことを何等規定していない。却つて同条第十一項は組合側の不服申立につき中央労働委員会に再審査の申立と訴の提起とを択一的に規定している。しかして同項の「訴」を「行政訴訟」を含まないと解する理由は少しもないから被告の本案前の抗弁はいずれも失当であると述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、次のとおり陳述した。

一、本案前の抗弁

本訴は次の理由により却下を免れない。即ち(イ)労働委員会が発する不当労働行為救済申立についての棄却命令は救済命令を発した場合と異り、行政庁の国民に対する下令ないし禁止という命令的行為を全く含んでおらず単に救済命令を発しないという不行為を通知するものにすぎないから、右はいわゆる行政処分ではなく行政訴訟の対象となり得ない。(ロ)仮りに本件棄却命令が行政処分であるとしても使用者についての労働組合法第二十七条第六項のような特別規定がある場合はともかく、労働組合たる原告の場合につき特別規定のない現行法のもとでは行政事件訴訟特例法第二条の原則規定に従い訴願庁である中央労働委員会の再審査(労働組合法第二十五条第二項第二十七条第十一項)を経た後でなければ訴を提起し得ないものである。されば本訴は不適法として却下すべきものである。

二、本案に対する答弁

原告の請求を棄却するとの判決を求め、被告が原告の申立を棄却したのは次の事実からであつて正当である。即ち

1、東北電力秋田支店管内における原告の電源ストは、その上部機関である電産中央本部の指令に基き、昭和二十七年九月二十四日から同年十二月十八日まで、管内における一定減電量を目標として各発電所につき波状的に行われたもので九月二十四日のスト開始当日は十五パーセント減電量確保を目標としていたこと。

2、東北電力株式会社の従業員として郷内発電所に勤務し、かつ原告の執行委員である武藤助太郎は九月二十二日即ち電源スト開始の前々日、その所属長郷内発電所々長御法川富広に対し家事上の都合という名目で同月二十四日を有給休暇として申請許可されていたところ、原告組合執行委員長から指令があつたため右指令にしたがい当日早朝自宅を出発、午前八時頃鳥海川第二発電所に到着、非番の従業員約十名を配電盤前に集めてスト指導を行い、同日午後五時頃の大川端発最終バスで帰宅したこと。

3、右休暇申請当時武藤及び御法川はともに九月二十四日から電源ストの行われていることを予知していたこと。

4、九月二十四日当日原告が十五パーセント減電量確保のためスト指導者を派遣した発電所は東北電力秋田支店管内二十五箇所中小出、白雪川、湯瀬、比立内、板平、小滝第一、同第二、小又川及び本件鳥海川第二の九発電所であり、原告は右九発電所について会社側のスト破りに即応しつつ、自らの選択で十五パーセント減電量ストを実施したのであるが、その方法は小出、白雪川、湯瀬、比立内、下台の五発電所において午前八時にまず発電機能を停止したのであるが、うち湯瀬、白雪川の二発電所がそれぞれ午前八時二十五分、十一時三十分に会社側運転員によつて運転されるや、原告は板平、小滝第一、同第二の三発電所を追加し計画減電量の確保をはかつた。その後は会社側の手による運転再開がなかつたため、小又川、鳥海川第二の発電所においては発電機能停止という行為はなかつたが、会社側のスト破りが更に進展した場合には武藤は同所において直ちにこれに即応し計画減電量確保のため行動し得るよう態勢を整えていたものであり、武藤はスト指導の趣旨を右の意味に解して現地に赴いたものであること。

5、原告は鳥海川第二発電所を前示九月二十四日当日のスト計画から除外していない。

6、武藤の鳥海川第二発電所における指導の内容については、原告は発表をさけたのであるが、ストの方法は単なる職場離脱という従来の戦術と異ることは明かであつて、また会社側が九月二十四日当日小滝発電所において現認し、原告もこれを認めた原告組合執行委員伊藤千代太郎、同金子清五郎の両名の同所における指導およびその指導によるスト実施要領は取水門扉の閉鎖排砂門扉の開放、発電機能の停止、系統発電所間の指令および情報の電話連絡等であつた、鳥海川第二発電所においても発電機能停止の指令が入れば右と同一の方法が施用せられたであろうし、またその方法は予め執行委員会において検討したものであり執行委員としての武藤が右会議においてこれに参画し、その方法を熟知していたものであり更に武藤は鳥海川第二発電所の現場に精通していたが故に同所に派遣されたものであるから小滝発電所における前述のそれと同一であつたと認められること。

7、鳥海川第二発電所における十月三日以降四回にわたつて行われた電源ストは武藤の九月二十四日の指導に負うものであること。

等から武藤助太郎の九月二十四日における行動は会社の業務の正常な運営を阻害するいわゆる争議行為と認定したものである。

尚原告は組合上部機関から指令には闘争指令と一般指令とあり前者は争議に関する指令であり、後者は一般組合活動に関する指令で本件武藤に対する指令は後者のものであり、しかも文書の指令ではなく口頭の指令で同月十二日の原告執行委員会の決定を組合に伝達せよというに過ぎず、しかもその内容はスト中の破壊防止、暴力排除、保安維持に重点を置かれたと主張するけれども、そのしからざることは前示のとおりであり、又文書によらなければ争議の指令にならないというが如きは一般指令は口頭に限るとするが如くであつて理由がないと主張した。(立証省略)

理由

職権をもつて原告の当事者適格につき考察する。本件訴旨は要するに原告は原告の組合員であり訴外東北電力株式会社秋田訟店の従業員である訴外武藤助太郎が、昭和二十七年九月二十四日を有給休暇として同会社から許可を受けたのに、同会社は後日に至り勝手にこれを取消し右当日の給料を支給しなかつたのを不当とし、右当日の賃料の支払を求めるため被告に救済命令申立をしたところ、被告は右会社の有給休暇の取消は正当であるとして原告の申立を棄却したが、該棄却命令は不当であるからこれが取消を求めるというにある。おもうに労働組合の使命がその組織力により労働者の経済的地位を向上し、権利を保護するにあることはいうまでもないけれども現行法上労働組合はその労働者個人と使用者間の法律関係については、たとえ当該労働者が組合員であつても特段の事由のない限りはその労働契約(雇用契約)上の法律関係につき何等の処分権を有せず従つてまた訴訟遂行権も有しないといわなければならない。ところで本件の訴訟物は前記委員会のなした行政処分であるが、右行政処分の対象は訴外東北電力株式会社よりその従業員である訴外武藤助太郎間の昭和二十七年九月二十四日の賃銀に関するものであるから、右は使用者と労働者個人間の労働契約上の法律関係であると考えるのが相当である。そうだとすると右については原告に処分権がないこと前示のとおりであり、又原告に訴訟遂行権あることを認むべき特段の事由について何等の主張がない本件においては、原告は訴訟遂行権を有せず、従つて正当なる原告適格を有しないものといわねばならない。

よつて爾余の点につき判断を省略して原告の本訴は不適法として却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小嶋弥作 安岡満彦 高山政一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例